伯母さんが福島からやってきました


おはよございます。
福島から伯母がきて2日ほど
奥さんの実家で泊っていました。

その後、神奈川の親戚の家を
いくつか泊って
また、お義母さんのところに数日泊る予定です。




本当は、伯母さんはお義母さんと
一番中がいいのですが
お義母さんはお店をやっているので
ひとつにとどまらず
あちこちの親戚をまわることにしたみたいです。

だから、神奈川の親戚の家に泊って
また、こっちにきて
また神奈川の親戚に戻って・・
そんな感じでしばらく関東にいるつもりみたい。





上野で新幹線をおりて
一番最初にしたことは
マスクをとること・・

わずらわしいマスクをとって
おもいっきり深呼吸をしたそうです。
「放射能の心配しなくていいんだ!」って。

それから、TVを一緒にみている時は
「ずっと画面の下とか横にずっと地震や原発の情報が流れてるの。
 地震も毎日、毎日あるし怖いよ。
 水も毎日、2Lを2本遠くのスーパーまで買いにいくんだよ。」
ともいってました。







でも、地震でアパートにお友達ができたそうです。
地震でアパートの住人が外に逃げてきた時
若い男の人が
『おばさん、何か運ぶものとか片付けるものがあったら声かけてください。』
いってくれたんですって。


それから、交流が始まって何か手料理をつくって
持っていったりするようになったって楽しそうに話してくれました。
そんな助け合いがあったんだぁ・・なんて
心が温かくなりますよね。





伯母さんは、地震当時は電気・水・ガスは
しばらく使えなかったようですが
アパート自体は被害を受けなかったので
とりあえず、アパートでくらすことができています。





でも、震災がおきてから2ヶ月たっても
以前と同じ生活はできず
毎日を不安な思いで暮らしているんですよね。


今は、こちらにきて少しは落ち着けているようですが
結局、いつかは福島に戻って
また不安な生活を続けなくてはならないんですもんね。





また、福島にいる伯父は一時は
津波に流されたと思っていた会社で
今もなんとか働けているようですし、
看護師をしている叔母にいたっては
病院につめっぱなしで、ほとんど家には戻れないようです。





現実はとても厳しいですよね。
何段か飛びで物事を進めることは無理で
1歩1歩進んでいくしかないことはわかっているけれど

だけどせめて、不安をさらに大きくするような
嘘や見通しのない計画
その場限りの言葉など・・
復興を大きく動かしている立場の人たちには
軽はずみに情報発信しないように願うばかりです。





アパートのお兄さんが伯母にいってくれた
「片付けるものがあったら声をかけて下さい。」
そんな小さな人を思う気持ちから始めてほしい。


そんな優しさも感じることができないのなら
一見、立派にみえるような行動だって
まわりは【パフォーマンス】としか思うことができないかも。





2か月前に戻すことはできないのだから
「被災されたみなさんは強いです!!」ではなく
立ち上がろうと頑張っている方たちの
心をさらに折るようなことがないように決断していってほしいですね。


もちろん、
日本中(世界中かもね)の人たちが
「何か手助けしたい!」と思って一緒に頑張ろうって思っているはずですけどね。







今度、伯母さんとお義母さんは
新大久保コリアンタウンにでかけるそうです。
奥さんも誘われていたけど
今は外にほとんどでれないから無理でしょうね。

だから、奥さんも一緒にでかけられるように
少し遠くのフラワーセンターにでもいけたらいいなと思ってます。


伯母さんが楽しく過ごせるといいな。
それには、「楽しませたい」と思う
ワタシたちも一緒に楽しめなきゃ
ダメだっておもうんです。たぶんね・・






・・・最後までお読み頂き、ありがとうございます。・・・<(_ _*)>






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